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ごあいさつ

大変ご無沙汰しておりますが、お元気でお過ごしのことと存じます。

昨年11月の引退からはや半年が過ぎ、日々拙宅でリハビリに励んでおりましたところ、思いがけずこの春の叙勲で、桐花大綬章という大変栄誉ある章を拝授いたしました。
宮中の親授式で天皇陛下に拝謁。陛下から「長年それぞれの務めに精励し、国や社会、人々のために尽くされたことに深く感謝しています。」とのお言葉を頂いたとき、なぜかふと、懐かしいふるさとの香りとともに、いろいろなことが甦って参りました。

思えば、父の後継に指名されたのが昭和43年の秋でした。
普通のサラリーマンであった私が、みずからの非力、非才を承知しながら、「血と心のかよう普通の言葉の通じる政治。人を愛し、国を愛する心を国政に。」と、精一杯気負いこみ立候補の宣言をしたものでした。心配気に見守る両親、会場を埋め尽くした同志の皆さんの射いるような眼差し、身を貫かれる思いは、今でも、生々しく蘇ってきます。
そして、無我夢中で選挙区を駆け回った1年と3ヵ月。思いもかけぬ得票で勝利してはじめて、責任の大きさを身にしみて噛み締めたものでした。

「本当に耐えられるのか、どうやって皆さんにお応えしたら良いのか。」戸惑う私に、当時の羽田義知千曲会会長が、「今の気持ちをいつまでも持ち続け、驕り高ぶることなく、懸命に努力を重ねなさい。その努力が自然に、郷土のため国のため、そして人のため、有為な働きをすることになるだろう」と、諭して下さいました。私にとっては生涯忘れえぬ教えでありました。

あれから43年。数限りない起伏もありましたが、お蔭様で精一杯政治家としての道を全うすることが出来ました。こうして大変な栄誉をいただけたのも、既に他界された多くの諸兄姉をはじめ、いつもわが身をいとわず、共に歩んで下さった、郷里の同志皆様のお支えがあったればこそと、今あらためて、心の底から感謝の誠を捧げたいと存じます。


昨年の総選挙で、民主党は国民から大変厳しい審判をいただきました。
そんな状況にもかかわらず、私の後継としてご推薦頂いた寺島義幸君が、堂々と選挙区で勝ち上がることが出来ました。同志皆様のあたたかいご友情にあらためて御礼を申し上げます。
同君は、新人といえども県会議員として22年の経験があり、ふるさとを想う情熱は誰にも負けません。必ずお役に立ちます。一層のご指導をお願い申し上げます。

雄一郎も、参議院議員としてすでに13年。お蔭様で昨年は国土交通大臣を務めさせていただきました。本当に同志皆様のご支援の賜であり感謝の言葉もありません。
いよいよ今夏には、厳しい厳しい試練に立ち向かわなければなりません。
今は毎日全力で県内を走り回っています。

雄一郎は、子育て・介護 責任世代です。
10年、20年、さらに次世代に繋いでいく政治を志すならば、初心に帰り、原点からやり直すことが正しい道と信じます。
まだまだ本当に若輩です。足らざるは命がけで厳しく叱正します。
何卒、私同様のご指導とご支援を心からお願い申し上げます。

今の政治には大いに歯がゆさもありますが、これからは私の責任も含めて、わずかなりとも後進への励ましと、ご奉公に捧げたいと存じます。

皆様にまたお目にかかり、親しくご懇談するときを楽しみにしております。

ますますのご健勝とご発展をお祈り申し上げ、感謝と御礼といたします。




平成25年5月吉日
羽田 孜
受賞にあたり

大変な栄誉をいただき、感謝の言葉もありません。

政治改革、そして政権交代可能な二大政党による「政争を超えたダイナミックで緊張感のある本物の政治を興したい。」
私は唯、この一念で日々活動をして参りました。

振り返れば、身を削る思いの毎日でしたが、それ以上に大きな充実感と達成感もありました。特に二度にわたる政権交代は、私なりに満足のゆく改革の成果であり、民主政治の更なる発展の礎になったと信じます。

今の政治には大いに歯がゆさもありますが、これからは私の責任をも含め、わずかなりともご奉公と後進への励ましに捧げたいと存じます。



2013年4月29日
羽田 孜
ごあいさつ
羽田 孜

本日、衆議院が解散され私は今日を限りに政界から身を引くことと致しました。昭和44年の初当選以来14期、43年にわたって国会に送っていただきました。あらためて、皆さまのご支援ご厚情に心から感謝を申し上げます。

そのご支援にお応えすることができたかどうか齢77歳にして、いまだに時に悔い、ああすればよかった、こうすればよかったと惑う毎日です。

19年前、私は自由民主党と決別し新生党を結成いたしました。長期政権の中で易きに流れ、世界の大勢を冷静に見極めることなく政権維持のみに恋々とする自民党政治に終止符を打ったのは、今でも歴史の必然、私に課せられた使命であり天命だったと思っております。

離党以来、自民党と相対し野党として国民の信託に応える道を探し続けました。幾つもの再編が繰りかえされ、私自身もその渦中に身を置き毎日が身を削る思いでしたが、3年3カ月前の政権交代は私なりに満足のいく、19年間の改革の成果ともいうべきものでした。
いま、この民主党政権に対する皆様のご批判には、本来私が自ら半世紀分の責任をかけて応えねばなりません。ただ、それにはもう歳をとりすぎました。残る生命を後進への励ましに捧げ、いよいよ多難な時期を迎えた我が国の再生に、わずかなりともご奉公できる道を探し続ける決意です。

特に、どんなに辛く厳しい時でも親身になってご支援し続けて頂いた郷里の皆様には感謝の言葉もありません。
お一人お一人のあたたかい励ましこそ私の大切な宝物です。

終わりに、1994年内閣総辞職にあたり私が申し上げました心情の一端を綴り、ご挨拶と致します。

「もう、政争はやめよう。権力の争いではなく、みんなが虚心になってこの国と国民のために考え臨んで欲しい。」

長い間、本当にありがとうございました。


2012年11月16日


東日本大震災に際して
この度の東日本大震災と津波、そして長野県北部地震で被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。
また、被災でお亡くなりになられたご遺族の皆様に心からお悔やみを申し上げます。
そして現地で被災者の方々と一緒に頑張っておられる皆さん、応援に立ち上がった全国の皆さんに敬意と感謝を申し上げます。

「災害は家やモノを奪っても、人の心を奪うことは出来ません。」
米国ルース駐日大使の言葉です。
心ひとつに全力で立ち向かう。ひとりひとりの力が日本の力です。

衆議院議員 羽田 孜
最近の出来事
  • 2009年8月17日 「ふるさとへ恩返しを!」を追加致しました。
  • 2009年8月10日 「鳩山民主党代表より」を追加致しました。
  • 2008年8月 8日 「信州の皆様へ」を更新致しました。
  • 2009年7月30日 私の見解を更新致しました。
  • 2009年6月29日 私の見解を更新致しました。
  • 2009年3月17日 TOP・私の見解を更新致しました。
羽田孜の見解
信州の皆様へ

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